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研究トピックス
2015/07/14 投稿

極低温まで軌道自由度が凍結しない銅酸化物を実現 -『量子スピン軌道液体』状態の実現に道を拓く-

名古屋大学大学院工学研究科 (研究科長・新美 智秀) の片山 尚幸 (かたやま なおゆき) 助教、澤 博 (さわ ひろし) 教授、東京大学物性研究所(研究所長・瀧川 仁)の中辻 知准教授、大阪大学大学院理学研究科(研究科長・篠原 厚)附属先端強磁場科学研究センターの萩原 政幸教授らの研究グループは、華中科技大学、東北大学、ジョンズ・ホプキンス大学、岩手大学との共同研究により、ヤーン・テラー歪を起こさない銅酸化物を実現しました。本研究成果は、2015年 7月13日 (米国東部時間午後3時)に、米国科学アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Sciences) のオンライン版で公開されました。

電子の持つ多自由度(スピン・軌道・電荷) のうち、スピン自由度が最低温まで凍結しない『量子スピン液体』状態の実現は凝縮系物理学における到達点の一つとされます。ペロブスカイト型構造を有する銅酸化物において、スピン自由度に加えて軌道自由度も最低温まで凍結しない『量子スピン軌道液体』実現の可能性が指摘されていましたが、良質な試料の欠如から、極低温での軌道状態の観測は困難でした。

今回の研究では、ペロブスカイト型銅酸化物6H-Ba3CuSb2O9の大型結晶の育成法を確立し、大型放射光施設SPring-8でのX線回折実験や電子スピン共鳴(ESR)など、種々の実験手法を多角的に併用した研究によって、軌道自由度凍結のサインであるヤーン・テラー歪が観測可能な極低温まで生じないことを明らかにしました。上記の成果は、超伝導やヘリウムの超流動と比類する『量子スピン軌道液体』という新しい量子液体状態の実現に道を拓くものです。そして、放射光X線回折法による構造解析から、ヤーン・テラー歪みを抑制する構造条件を明らかにすることに成功しました。この成果に基づいて、『量子スピン軌道液体』状態を実現する新たな物質のデザインが可能となり、量子コンピュータなど量子情報制御の基盤形成に必要な物質開発にも影響を与えると期待されます。

◇本研究において大阪大学のグループはESR測定(※)を通して、格子が歪んだ際に現れるシグナル位置の変化を最低温度まで観測せず、軌道自由度が凍結しない重要な実験結果を提供しました。

(※)電子スピン共鳴(ESR)
物質を構成する電子が持つ小さな磁石(スピン)は磁場中で独楽の首振り運動のような歳差運動を行う。この歳差運動の周期に当たる電磁波(通常はマイクロ波領域)が入射すると電磁波の吸収が起こる。これを電子スピン共鳴と言い、観測されるシグナルは磁性を持つイオンのまわりの状況(歪んでいるか、どちらにスピンを向けやすいか)を反映する。電子スピン共鳴は原子核スピン共鳴(NMR)(世間ではMRIで知られる医療装置で使われている)の兄弟版である。

 (左) スピン軌道液体状態  (右) スピン軌道秩序状態 の概念図

図 (左) スピン軌道液体状態 (右) スピン軌道秩序状態 の概念図。
今回のペロブスカイト型銅酸化物においては、銅(II)イオンで形成された蜂の巣格子を舞台に、スピンと軌道が結合した短距離秩序状態が、短い時間スケールで生成と消滅を繰り返している。ある一瞬における短距離秩序状態を切り取ると、左図のような状態が実現していると予想される。また、本研究で明らかにしたヤーン・テラー歪みを抑制する構造条件を破ることで、スピンと軌道が恒常的な格子歪みを伴って秩序化する結晶を実現することも可能となる。このような結晶では、右図のような状態が実現していると予想される。

本件に関する問い合わせ先

大学院理学研究科附属先端強磁場科学研究センター
萩原 政幸(ハギワラ マサユキ)
〒560-0043 大阪府豊中市待兼山町1-1
TEL:06-6850-6685 FAX:06-6845-6612
E-mail : hagiwara@ahmf.sci.osaka-u.ac.jp