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豊中キャンパス

理学部所在地

豊中キャンパス、待兼山の環境と歴史

 理学部は、共通教育を担当する大学教育実践センター、文学部、法学部、経済学部、基礎工学部などと共に、待兼山の豊中キャンパス(面積は約4万m2、 中心部の標高は50〜55m)にあります。待兼山は、北摂の中心都市、豊中市北部にあり、最頂部の標高は約77mです。東は千里丘陵、西は六甲山脈、北は 箕面の山々、南ははるかに大阪市が望まれ、その間を摂津平野が起伏し、人家がつらなっています。夕方ともなれば、丹精とりどりの灯火が遠く近くきらめき、 まことに美しい様を眺めることができます。キャンパスの南西2kmに大阪空港、東南東9kmに新大阪駅、12kmに大阪(梅田)駅があります。石橋門を出 て、なだらかな坂道を少しおりると、阪急宝塚線の石橋駅に至ります。理学部はキャンパス南部にあり、ここから少し南の大学正門近くを幹線自動車道(中央環 状線、中国縦貫道)が東西にのびています。正門を出て、高速道路にまたがる待兼山橋をわたり、緑豊かで閑静な住宅街をぬけると蛍池駅に至ります。また、中 央環状線に沿って、モノレール(大阪空港〜門真市)が建設され、理学部のすぐ東側に柴原駅があります。
待兼山あたりは古くから交通の要所でもあり、地質学、考古学、動植物や歴史、文学などいろいろな点で興味深く由緒ある地域です。昭和39年、理学部建設 工事中に古代ワニの化石が発見され、ほぼ完全に復元されて(全長8m)「マチカネワニ」と命名されました。40万年前、このあたりは湿地で、マチカネワニ やトウヨウゾウが生息していたのです。近年、キャンパス内の土木工事にともなう発掘調査や踏査によって、あちこちに様々な時代の遺跡が存在することがわ かってきました。弥生時代中期の集落、待兼山古墳、石塚古墳、須恵器窯跡などが確認されており、埴輪、土器などの遺物も出土しています。
待兼山という名は古典の中で「山はまちかね山、たまさか山」(枕草子、玉坂山は旧医療技術短期大学部前あたりの地名)、「津の国の待兼山の呼子鳥」(古今和歌六帖)などとみえ、歌枕としてもつかわれています。
昭和55年から年次計画として重点的にキャンパスの緑化、整備が進められ、四季折々の花が咲く学園らしい環境を醸し出しています。

2011年7月(第16版)
企画・編集・発行:
大阪大学 理学部
広報委員会(平成23年度)
委員長 小川 哲生〔物理学〕
委 員 土居 伸一〔数 学〕
山中  卓 〔物理学〕
水谷 泰久〔化 学〕
西田 宏記〔生物科学〕
佐藤 尚弘〔高分子科学〕
常深  博 〔宇宙地球科学〕
〒560-0043 豊中市待兼山町1-1
電話(06)6850-6111〔代表〕

 

豊中キャンパスについては、「所在・周辺情報」のページもご覧ください。